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遺書手紙日記

覚書、或いはTLを汚さないための長文

時代に迎合できない者は命を捨てるか世を捨てるしかない

4月10日 晴れ

良い天気だ。しかし少々風がある。

 

帰宅は1時15分頃。規定なら開始は3時15分頃。しかしこれを書いてるのは4時だ。よろしくない。折角なんとなく書かないと落ち着かないくらいのポジションに来たのに。

 

仕事がぎりぎりだったので備品のセットアップを一つ忘れてきてしまった。否、忘れてきたということにして他人に丸投げした。誰かが適当にやってくれるだろう。

 

ちょっとwikipedia織田信長のページ読み漁ってしまった。40分くらい。

さて。

 

FGO……Fate/grand orderのイベント「ぐだぐだ明治維新」をプレイしている。内容はぐだぐだなので仔細は省くが、そのワンシーンで、キャラクターである織田信長(FGOでは女性)と織田信勝(信長の弟なので信行と言われている人物だろう)がこんな会話をする場面がある。これまた仔細には覚えてないので会話の流れなのだが、

 

信勝「やらなければやられる戦国の世にはもううんざりです。幼いころのように姉上とずっとこの空間で遊んでいたい」

信長「……もっと早く寺にやっておくべきだった」

 

最初はそんなもんかとスルーしていたが、以下のツイートを見て以来、このやりとりが刺さり続けている。

https://twitter.com/saigaita/status/850571313156468737

ヤンデレ弟を見たノッブの反応が「はやく寺にやっとけば良かったな」なの、信勝くんの狂気の根底にあるのは戦乱の世への嫌悪と恐怖であり、姉への執着も真実ではあるが本質的にはその隠れ蓑にすぎないということを的確に理解していて、ノッブめっちゃノッブ。頭良くて情もあるが他者の心を踏みにじる。

(FGOというかFateは独自解釈も多いので、信勝の謀反や挙兵に関しては『姉(信長)に天下人の器があるおことを証明するための手法』であるということになっているらしい。「老害の家臣たちを煽って一掃できた」みたいな言い回しもあったし。

註:この部分について後日訂正記事を書いた 訂正記事→4月10日の一部 - 遺書手紙日記

こういう回りくどい愛情表現をするキャラクターがFateに限らずきのこ作品には多いと思う。)

(この注釈は誰向けなんだ)

ぼく自身は、このやりとりを"踏みにじっている"とはあまり思わない。ただ信勝自身のためにそうした方が良かったと考えているだけのことだと思う。お前の要請には応じられないとぶった切ってるという意味では同じだけれど。

作中での信勝の描写は、ぶっちゃけて言えばヘタレだ。ぐだぐだ時空の閉じられた空間で子供の頃のように平和に(=何も考えずに)過ごしたいという願望を吐露する。どう考えても戦国の世を生き抜くには値しない器だ。

対してFateにおける信長の思考は、口癖からも察せられる。すなわち「是非もなし」だ。恐らく本能寺の変の際に発したとされる「是非に及ばず」が元ネタだろうが。つまり、「やりたいとかやりたくないとか関係なく(やるべきだと思ったら)やらなきゃいけなかったんだよ」ということだ。

ゲーム、つまりほとんど元ネタに沿っているかどうかもわからない二次創作からこういう考えを導き出すのもいかがなものかと思うけれど、こういうカリカチュアライズされた対比というのは、やはり娯楽作品の楽しみ方の一つだと思うので、ここでは突っ張っていく。

そういう意味で、このイベントに登場する信勝くんの扱いがぼくに刺さる。

今の時代、能力のある者が管理労働に就いて、そうでないものは単純労働で使い倒される、なんていう持論を展開したのは確か昨日の日記だったか。

何を書こうかと考えているとき、ネタもまたどう書かれようかと悩んでいる(大嘘) - 遺書手紙日記

いつの時代も、今の世の中を上手く渡っていける人間がいて、そうでない人間がいて、じゃあ後者は、適応できなかった人間はどうすればいいのだろうと。それに対する一つの回答をなんとなく受け取ったような気分にさせられてしまったのだ。

 

つまり。

信勝くんみたいに現状を変える能力も現実に立ち向かう覚悟もないなら、死ぬか仏門に入るしかない。

時代に迎合できない者は命を捨てるか世を捨てるしかないのだ。

と。

 

 

 

そんなことをぐずぐずと考えながら、今日は仕事をこなしていた。

実に実に暗澹たる気持ちだった。

まだ二度目の首吊りはしてないけれど。

このまま修行僧のように単純労働を繰り返す日々を死ぬまで続けるのは、悲しいことだ。でも自分の能力は所詮その程度かもしれないという諦観はある。まだこのままで終わりたくないという恐怖はあるが、やっぱりできるはずがないという思いもある。

つらい。生きるのがつらい。

 

人生って椅子取りゲームみたいだ、と最初に思ったのは、いつだっけなぁ。

そう思ってはいても、その本質までは考えが回らなかったな。

自分が席に座り続けるにはどうするか、席に座れなかった人間がどうなるか、なんてさ。

ずっと自分が席を取り続けるに値しない人間だと思って生きてきたけれど、本当にそんな人間だとは思っていなかったのかもしれない。本当に思っていたのかもしれないけど。

だとしたらやっぱり、潔く死ぬべきだった。どこかのタイミングで。

でも、どこのタイミングで?

そんな勇気すらなかったのに。

 

もうすぐ6時だし、思考が堂々巡りしてきたので、いや普段堂々巡りしてないかというとそういうわけでもないが、とにかく面倒くさくなってきたしこの先があるわけでもないので、今回はこれで打ち切る。

いずれぼくのこれまでの半生辺りは記事にしておきたい。何の意味もないとしても、なんとなく。

あとは、そう、仕事をするにあたって、フルタイムの仕事をするにあたって、何が怖いか、ということを洗い出そう。何の意味もないとしても。

 

ああ。頭が重い。体調はあんまりよくないし、睡眠の質も悪いけど、でも明日も仕事に行かなきゃいけない。

4連勤は辛いなあなんて世間様に向けて言ってみろ、白眼視しかされないぞ。

でもぼくにとっては辛いんだ。1日5時間+残業1時間程度を4日間連続こなすだけで、ぼくは、よく頑張ったなあって褒めてもらいたくなる人間なんだ。

こんなんで真人間の権利を得られるんだろうか。わからない。わからない。多分ムリだと思う。

でも何か奇蹟でも起きて罷り間違ってくれないかなという期待だけは捨てられない。

そういう儚い望みを断ち切るために仏門に入るべきなんだと思う。

 

ああ。褒められたい。褒められたい。褒められたい。絶対的な存在に、お前はお前のままでいいんだよ、って言って欲しい。絶対的に信頼できる存在に、絶対的に能力のある存在に、絶対的に安心できる存在に、お前はお前のままでいいんだよ、お前はよく頑張ってるよ、お前はそこにいていいんだよ、お前は価値のある人間なんだよ、って言って欲しい。それでぼくは、そうなんだって、納得して、それから歩いていくんだ。そうして頑張って、色んな物を乗り越えていくんだ。それが健全な人間のデキ方なんだ。

それがぼくにはなかったんだ……と思う。多分……だけど。

それを得られなかったためにぼくは一生かかってその安心感を得るためだけに生きていかなきゃならないとしたら、これはやっぱり悲劇だよねえ。

でも世の中にはそういうものを得られなかったけどそれでも生きてる人は多分いっぱいいて、だから結局、ぼくが優秀じゃないのはぼく自身の責任ってことで………………

ああ……生きるのってつらいなぁ……。

 

 

 

【創作漫画】「映画大好きポンポさん」漫画/人間プラモ [pixiv]

ちなみに具体的にはこの漫画の72P目や86P目みたいなのが理想だ。全力でやって、こいつはすごいなとお眼鏡に叶うみたいなのが理想だ。

ああ、羨ましい。物語の世界に入りたい。

 

物語の世界に入りたいといえば、FFCCの世界が一番いい。

平和的な絶望感。

牧歌的な閉鎖感。

開放的な責任感。

一つ間違えば村一つが全滅する世界だというのに、みんな生き生きしてて、のんびりしてて、毎日をきちんと過ごしている。

瘴気に包まれて明日をも知れない世界で、それぞれの生き方を全うしている。

そんな中でひたすら戦い続けて、旅を続けて、村のために体を張って生きていく。

あの充足感はきっと、何物にも代えがたいものだろう。

他にもドラクエモンスターズとかポケモンとか、ハマらなかったけどモンスターファームとか、ずっとずっと好きなことを好きなままで好きなだけやっていける世界観があまりにも好き過ぎる。

その中で時間は経過せずに、或いは経過しても変化はなく、ずっとずっと工夫と実践が続き続けるような世界観が、あまりにも好き過ぎる。

そんな人生を送りたすぎる。そんな世界に入りたすぎる。

 

現実に軸足を置きながら、そういう世界にも没頭できる、そんな器用な人間だったら、どんなに良かっただろう。

或いは現実に出稼ぎに来るだけでそういう世界にずっと居続けられる、そんな能力のある人間だったらどんなに良かっただろう。

若しくは現実でそんな世界を生み出したり創り上げたりできる、そんなポジションにいる人間だったらどんなに良かっただろう。

だが現実はそうじゃない。

ぼくは片田舎のスーパーで毎日仕事に追われながら半日で帰宅する、ただの人非人だ。

器用さも能力も立場もない。

ああ。ああ。

ああ。

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