遺書手紙日記

覚書、或いはTLを汚さないための長文

気付けば数日経っているという話 あるいは備忘録

前回の日記が……6日……?

そんなに経ってたっけ……?

記憶がない。

意識がない。

認識がない。

今日までそのあいだ何をしていたか覚えていない。

 

確か。

確か。

思い出そう。

思い出せ。

 

叔母上が横にいると、気を使ってタイプができないんだ。

その叔母上は昨日の午前中に今住居としている土地へ帰ってしまった。

 

昨日、9日はお休みだったけど忙しかったんだ。

色々な方面に電話をかけたんだ。

お昼くらいに30分ほどランニングをした。

午後から警察署にも行った。

その帰りに色々なことをした。

 

その前、8日は残業だったんだ。

夕方まで。

それから伯父の見舞いに行ったのを覚えている。

 

7日は、なんだっけ。

何かしていただろうか。

最近はツイッターもめっきり触らなくなってしまったせいで、その日何をしていたのかが調べられない。

タイムラインを見ていて、とてもつらいんだ。あの輝かしいばかりに人生を楽しんでる人たちを見ているだけで胸が掻き毟られているように感じる。

順風満帆に天真爛漫に絢爛豪華に自分のやりたいことをやって自分の言いたいことを言って自分の未来を信じている人たちを見ると本当に本当に――羨ましい。

ぼくも以前は向こう側にいたような気がするんだけど、なぁ。

いたような気がしたんだけどなぁ。ずっとあそこにいられると思っていたのになぁ。

現実はそうじゃなかったんだね。

ぼくは稼ぎも能力も想像も創造も希望も欲望もまるでないナメクジ以下のゴミクズで、あの人たちの輪に混じるなんて所詮身を過ぎた願いだったんだね。

――ああ、戻りたい。ずっとずっと楽しかったあの頃に戻りたい。何も考えてなかったあのときに帰りたい。帰りたい。全部投げ捨てて閉じられた時間で何も考えないで暮らしていたい。もう疲れたよ。疲れたよ。疲れたよ。ずっとずっとこんな気分が、まだ40年も50年も続くかもしれないなんて、耐えられそうにないよ。こんな気分どころじゃない、もっともっと環境も状況も悪くなっていくんだよ。俺は置いてけぼりにされて周りはずっとずっと先へ行くんだよ。そんなのそんなのそんなの耐えられない……。

あの人達のエネルギーはどこから来るんだ。バリバリ働いて寝る時間を娯楽に充てて楽しんで楽しんで楽しんで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

楽しいってなんだ!!!!!!!!!!!!!

楽しいって、なんだ……。

ぜんぶリセットしてみたら分かるのかなぁ。

追われるようにスタミナを消化する生活じゃなくて、能動的に何を楽しもうって選択したら、分かるのかなぁ。

一旦リセットしてみたら、多分物凄く暇だと思う。

時間、物凄くあると思う。

だって普通の人の半分しか働いてないんだもん俺。

 

……あ。あ。

でも、でも、うう、ログインしたら少し、引きずられる。

心が消化に行き着く。

消化に追われるあいだは心が安らぐ。

これだ、これがいけないんだ。

何も考えないでやらされるという状況に浸ってるのがよくない。

でも同じ状況なら仕事もそうですよね?

じゃあ何が悪いんだ。

安らぐわけじゃない。でも何かに追われているときは別のことを考える能力が少なくて済む。

だからやっぱり逃避なんだ。現実が辛くて逃げ出したくて立ち向かえもしないから、ゲームに依存して見ないふりをしているんだ。

どうしてあの人達は、ツイッターにいる人達は、現実と闘いながらゲームを空想を楽しめているんだろう。同じ人間とは思えない。違う人間としか思えない。悔しい。羨ましい。妬ましい。羨ましい。

 

昨日、は、寝落ちしてしまった。

お米も研がずに、お皿も洗わずに、ホームベーカリーのセットもせずに。

全部母上から頼まれていたことか、ぼくの家庭内での役目だというのに、それを全部ぶっちして、寝落ちしてしまった。

しかもこの日記も書こう書こうと思いながら、ずるずると書けずじまいで、寝落ちしてしまった。

失った時間は取り戻せない。過去には戻れない。忸怩たる思いで起き出して、せめて後処理を整えるしかない。

こんなの、こんなの人生と一緒だなぁ。

 

やっぱり、もうどうにかするには死ぬしか無いんじゃないかと思っている。

でも、自殺はまずい。それは、まずい。

父親のようにはなりたくない。父親のように方々に迷惑をかけてタブーのように扱われたくない。話してはいけないことのように、触れてはいけないもののように、人間のクズだったことを隠され続けるように存在を隠匿されたくない。

でも、もう、遅いんだろう。

現実的に考えて、ぼくはダメ人間だし、クズ人間ではないつもりだけど、そんなの外から見たら一緒のようなものだ。

そしてこれからこの孤独と絶望に耐え続けながら今の性格で居続けられる自信があるわけじゃない。今ですら、恐怖で頭がいっぱいだ。まだ他人事でいられるけれど、恐怖という死神が目の前まで来ているのを感じてはいる。老いが怖いし、老いたまま何もできない自分が怖い。ぼくはまだなんにもしてないのに。なんにも成し遂げてないのに。成し遂げる能力なんてないくせに、なにか成し遂げたいと思っているだけのくせに。

親父は(多分)55で死んだ。ぼくの年齢からするとあと25年も先のことだ。

想像する。

想像できる。

何も持たないまま、何も得られないまま、何もないまま、あと25年後。

過保護気味の老いた母親。

同情こそあれ会話はない。

共感すらもない。意地と維持しかない。

既に家族を持っているきょうだい。

定職もない。

収入も少ない。

気を紛らわすのは昔の記憶と多少の漫画ばかり。

未来に何の展望もない。将来になんの希望もない。現在すらも真っ暗。年金すら貰えるか分からない。

そんなの、そんなの

――自分で死ぬに充分過ぎるじゃないか……。

親父と同じ目には遭いたくない。

でも現実問題、親父と同じ末路を、別れた伴侶と子供がいないだけでほぼ同じ末路が、見えている。行き着きそうでいる。

親父と同じ人間にはなりたくない。

でも、なりそう。

嫌だいやだいやだいやだいあyだいあいやだいあyだ嫌だ

それから逃げるには死ぬしか無い

でも死んだら、自分で死んだら、親父と同じことになる。

誰に相談すればいいんだ。

誰が解決してくれるんだ。

誰か、誰か……誰も、いない……自分で、やるしか、ないはずなんだ。そんなの、自分で、やれ。自分で考えろ。皆自分で考えて、自分でキメてるんだ。

自分で、決めて、自分fで、責任を、自分を、身の振り方を、努力を、頑張りを、どうすれば、

 

隠し事をやめると、自信がつくらしいと聞いたことがある。

人に誇れることしかしなければ、確かに、自信がつくんだろうなと、思う。

公明正大にお天道さまに誇れる人間になれたらいいなと思う。

いいなと思う。

思うだけ。

 

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