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遺書手紙日記

覚書、或いはTLを汚さないための長文

ブログを開設した理由とその背景について

2017年3月30日

ブログを開設した理由とその背景について

 

基本的に脳みそが死んでいるので思い出した順番に綴ろう。

 

理由というよりは動機というべきか。

一日に、帰宅してから2時間後を開始時間としてだいたい3時間程度、ゲームから離れる時間を作ろうと決めた。

ゲームに没頭する日々に急激に恐怖を抱いてきたからだ。

だから適当に名前をつけるならば「なにか有意義なことをやりタイム」とでも言うべきものを設定することにした。

この日記もその一環だ。

ただ、この日記が有意義であるかどうかについては、自分自身では判断できない。名目上はそうなっているが、とにかくゲームに没頭しているときのあの虚無感から逃げ出したかったのだ。或いは虚無感を感じているということは、没頭してないということなのだろう。

没頭でなければ、依存と言い換えてもいい。依存症を治すには急に100%バッツリと断ち切るのではなく徐々に徐々にウェイトを減らしていくのだと聞いたことがある。それに則っていえばこの「やりタイム」の設定はゲーム依存を解消するのに効果があったりなかったりするのかもしれない。

 

とりあえず今日は読みたい本があるのでこれで時間が潰せるだろう。

試しにamazonからURLを張ってみる。

https://www.amazon.co.jp/この世の中を動かす暗黙のルール―人づきあいが苦手な人のための物語-岡田-尊司/dp/4344018621

図書館の特集コーナー『医療小説』のカテゴリに展示されていた。 この人は他にも専門的な本を色々書いているので、どこかで名前が頭に引っかかっていたのだろう。パラパラとめくれば目に飛び込んできたのは首吊りのシーン。思わずシンパシーを感じて狩りてきてしまった。

 

ここ数年、いや振り返ってみればもう10数年に渡ってだったかもしれないが、とにかくここ数年、片手の指で収まるか収まらないかの年月、ぼくは人類の最底辺から一段だけ上のランクでの生活をしてきた。

などというと普通に生きてる人間からは目くそ鼻くそだと言われるだろうし最底辺の人からも五十歩百歩だと言われるだろう。どちらかと言えば間違いなく後者に属する人間であるという確信はあるのだが、それを認めながらも受け入れるのが精神的に辛い。

ココらへんについては複雑過ぎて逆に分かりやすい名前がついた。

回避性人格障害というやつである。

生きるのが辛い。

 

 

そうそう、このブログ全般の文章はなるだけ推敲をしない。

なぜなら自分は後ろを振り返って感慨に浸るのが好きだからだ。だからずっとそれをしていたら執筆が進まない。小説でもそうだった。

というかまさにその「後ろを振り返って感慨に浸る」行為をブログで記事にしようとしている。

あのときはこんなことがあった、あのときはあんなことがあった、そのときこう思って、こうだったけどこうしたかった。そんなことをぽちぽちと思い出しながら書こうとしている。

これはアダルトチルドレンの治療*1におけるインナーチャイルドセラピーに関するそれに近いように自分には思われる。

アダルトチルドレン - Wikipedia

ちなみに分類上は、自分の性質はロストワンに近い。今でも自分自身というものが存在しないような気がする。

最近は少し改善したかな。自分がいて、相手がいて、自分の存在や思考や発言を相手に対して主張しても良いのだという思いがようやく、ここ1年くらいで芽生えてきた。遅すぎるだろう? ぼくもそう思う。だから運の悪いことに、人生が上手く行ってない。

親の名誉のために言っておくが、母親は別に悪い人間じゃあなかった。父親だって悪い人間じゃあなかった。でもまぁ、紆余曲折あったのは、ぼくの運が悪かったんだろう。これについてはまた別に綴ろう。メンターがいれば人生変わったのかもしれない。

 

まとめよう。

ぼくは今の人生が辛くて辛くて気を紛らわせていたのに、気を紛らわすための逃避行動すらも辛くなった。

逃避行動も辛いし、人生に直面するのも辛い。そうして取ったのはまた別の逃避行動だったというわけだ。

これから真人間に戻るのは、奇蹟でも起きない限りもう無理だろう。*2

でもせめてほんのちょっとだけ真人間寄りに人生を送りたいので、真人間っぽいことへ逃避することにしたのだ。

 

 

明日のぼくへ。

考えていたことを文字にするのは結構楽しいね。久しぶりの感覚だと思うよ。

でも今日は長文を書きすぎたから明日からもう燃え尽きないように気をつけて。

*1:「治療」? アダルトチルドレンは正確には病理ではない。病理ではないが、推敲はしないとさっき言ったばかりだ。

*2:認知の歪みである